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コラム:ウィーンの音色を救った日本企業

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私は大学時代からクラシック音楽にのめり込み、自身でもビオラという弦楽器(写真)を演奏しています。そんな私のあこがれは「いつの日か音楽の都ウィーンに行って、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団(ウィーン・フィル)の演奏をライブで聴くこと」です。世界でもトップクラスの名演奏をライブで聴くことが出来たら、クラオタ(クラシック・オタク)冥利に尽きる、くらいに思っています。
ビオラの写真

ところで、ウィーン・フィルが1970年代に崩壊の危機にあったことをご存じでしょうか?

オーケストラは大きく分けて弦楽器、管楽器、打楽器によって構成されます。このうち弦楽器は、皆さんもその名前を聞いたことがあるであろうストラディバリウスを筆頭に、約200年前に製作された名器が名手の手によって今日も世界のどこかで艶やかな音色を奏でています。弦楽器は乾燥が進めば音が良くなるので古い楽器が好まれるのです。

一方で管楽器はちょっと違います。特に木管楽器に顕著ですが、これらの楽器は人の息を吹き込んで演奏するもののため、乾燥する暇がありません。どんな名器でもいつかは朽ちてしまうのです。その危機が1970年代にウィーン・フィルにありました。

ウィーンの楽器の中には独自の進化を遂げたものがあり、ウインナ・ホルン、ウインナ・オーボエ、ロータリー・トランペットというように他のオーケストラが使用しているものとはその構造が微妙に異なります。1970年代に機械化が進むにつれ、これらの伝統的な楽器を製作するマイスターがいなくなっていたのです。

そこに登場したのが、管楽器の製作を始めたばかりの日本の楽器メーカーであるヤマハでした。ヤマハの社員は大胆にも来日中のウィーン・フィルのトランペットのトップ奏者に自社の楽器の試奏を頼んだのです。それはウィーン仕様の楽器ではなかったのですが、そのトップ奏者は快く試奏し、楽器の出来を褒めてくださったそうです。

ここからウィーン・フィルとヤマハの関係が始まりました。ヤマハはウィーン・フィルの管楽器製作に乗り出します。世界のトップオーケストラの要求はずば抜けて高く、しかも必死でした。自分たちの伝統のオーケストラの存亡に関わるわけですから、無理なからぬところです。ヤマハはその技術を駆使してウィーンの楽器の製作に取り組み、ウィーン・フィルのメンバーもたびたび来日しては、アドバイスをしたそうです。

やっと完成したと思っても、ウィーンに持って帰って吹いてみると思ったような音色が出なかったりして、楽器の製作は困難を極めます。ウィーン・フィルの全楽器は楽団所有のものなので、おいそれと持ち出すわけにはいきません。しかしある奏者は自分担当のトランペットを少しだけ削ってその試料を日本に持ってきてくれたそうです。その成分を分析してみると、ただの真ちゅうではなく、微量の不純物が入っていることがわかりました。写真で示したビオラもそうですが、楽器の微妙な音の違いは素材の成分や楽器の形状、大きさによっても変わってきます。楽器の製作者と奏者は、互いの高度な知識と感性で思い描いた音色を協働作業で生み出していきます。

このようなやりとりを繰り返し、ついに新しい楽器が日の目を見る日が来ました。時は1979年、ところはザルツブルグ音楽祭、指揮者は音楽界の帝王カラヤン、演目はヴェルディ作曲の名作オペラ「アイーダ」です。ここでヤマハのトランペットが12本使用され、公演は大成功を収めたといいます。

このようにして、ウィーン・フィルはその楽団の未曾有の危機を乗り越えることが出来ました。日本の技術が世界トップの音楽芸術を支えて今に至るのです。文中では触れませんでしたが、ヨーロッパにもアメリカにも有名な楽器メーカーがあります。しかし、ウィーン・フィルは日本のメーカーを選んでくれたのです。ここには日本人の繊細で頑固な職人気質が少なからず関わっていると私は思います。エコノミックアニマルと揶揄された日本の高度経済成長期ですが、こんな素敵なお話もあるのです。冒頭の文に戻りますが、ウィーンでヤマハ製の楽器を演奏するウィーン・フィルの演奏会を聴くことが出来たら、それはそれは感慨深いものがあるだろうと思います。

※今回のコラムは、平成30年8月8日(水曜日)の日本経済新聞朝刊記事を参考にしました。

(文責:精密機械技術科 講師  田中 誠一郎)

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